ファリサイ派のパンだね~リビングストン教会聖書勉強

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ファリサイ人のパン種に気を付けなさい

マルコによる福音書8:14-26

 しばらくの間、群衆を離れて静かなところを求めておられた主イエスは、また弟子たちを連れてガリラヤに戻られました。そして十字架への道を進まれるようになります。ある日、弟子たちと一緒に舟に乗り、主イエスはファリサイ人のパン種に気をつけるように言われました。日が経てば経つほど、ファリサイ人たちによる反対と挑戦が激しくなることを察知し、彼らにそのことをあらかじめ語っておく必要を感じておられました。舟がベトサイダに着くと、主イエスを待ちわびている人がいました。それは一人の盲人でした。この世において、主イエスを必要としていない人など一人もおりません。

1. 舟に乗っていった弟子たちが気付いた心配事は何でしたか(14)。

2. このとき、主は何と言われましたか。その意味は何でしょうか(15、マタイ16:11-12)

3. パン種の性質について話してみましょう(Ⅰコリント5:6)。

4. ファリサイ人たちのどのような点がパン種のようであり、また危険であると言われたのか、ルカ12:1-3を参照してみましょう。

5. 主イエスの御言葉を聞いて、弟子たちはどのように理解しましたか。

6. 弟子たちは主と一緒にいるのですから、何を食べ、何を飲むかということについての心配は不要のはずでした。どうしてそのように言えるのですか(17,19-20)

7. それなのに、現に食べる物がなくなると、弟子たちは主イエスと主イエスの力に対する信仰がぐらつき、心配するようになりました。これと似た霊的病気を持っていないかどうかそれぞれ話してみて下さい。

8. 弟子たちがこのように信仰のない者に急変した原因はどこにありましたか(17-18)。

9. 私たちも、聖書から5000人を食べさせた奇跡や4000人の人を食べさせた奇跡を知ってはいますが、奇跡を行われた主イエス・キリストを本当によく知り、信頼しているでしょうか。あなたが経済的に困ったとき、フィリピ4:19の主を信じ、心配から解放されると思いますか。

10. ベトサイダの盲人を、主はどのように癒されたのか、話してください(23-26)。

11. 盲人が癒された過程を見ると、漸進的であることが分かります。突然視力が与えられたのではなく、徐々にはっきり見えるようになりました。しかし、他の盲人はすぐにはっきり見えるようになりました(ルカ18:43)。これは、私たちの心の目が開かれることについても、このような2つのタイプがあることを暗示しています。あなたはどちらのタイプですか。それぞれ自分の体験を話してみましょう。

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4000人の給食~リビングストン教会聖書勉強~

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4000人にパンを与えられた奇跡

マルコによる福音書8:1-13

 主イエスは、まだガリラヤ湖の東側のデカポリス地方におられました。聾唖者の癒しの奇跡を伝え聞いた人々が、あちこちから集まってきました。彼らは異邦人でした。それにもかかわらず、主は彼らのところに3日間も泊まりながら福音を伝え、病気を癒されました。そして7つのパンで空腹の人々を満腹にさせておやりになりました。この奇跡は、前に出てきた5000人の人々にパンを食べさせた奇跡とは別の出来事です。私たちは、同じ奇跡をなぜ主が最初はユダヤ人たちのために、次は異邦人たちのためにされたかを知らなければなりません。そして、この方だけが全人類の命の主であられることを知らせる奇跡であったことを知ることができます。1. 主イエスと一緒に3日間過ごした群衆が食べ物がなくて困ったとき、主は弟子たちに何と言われましたか(2-3)。

2. 群集を心配し、かわいそうに思われた主イエスの御言葉の中で、大変感動的だと思われることをそれぞれ話してみましょう。

3. 今でも主イエスは、私たちに対して同じ関心を持っておられます。マタイ6:31-32の御言葉を参照して説明してください。

4. 3日間、主イエスと一緒にいながら食べることも忘れていた群集を見て、あなたは何を感じますか。主イエスと一緒にいることの幸いについて話してみましょう。そして、そのような時をもった経験があればそれぞれ話してみましょう。

5. 弟子たちは、いつも合理的な計算しかすることができませんでした。彼らは何といっていますか(4)。

6. 弟子たちは、ちょっと前に5000人の人々を主が5つのパンで満腹にさせられた奇跡を実際に見た人々でした。それなのに、まだ人間的な計算ばかりしています。彼らの問題は何であったと思いますか。

7. 神の力を見ようとすれば、人間的な計算から離れなければなりません。Ⅱ列王記7章に登場する侍従の場合を参照して、このことを説明してください。

8. あなたは神の力を人間的の合理的な計算を超えて信じていますか。そのことについて何か体験があれば話してください。

9. 奇跡を見ても、なおしるしを求めるファリサイ人たちを見て、主イエスはどうされましたか(11-13)。

10. しるしを求めるファリサイ人たちの根本的な問題は何であると思いますか(ヨハネ10:37-38)。

11. 今日でも、教会の中や外で、主イエスよりも奇跡についてさらに大きな関心を持つ人々はたくさんいます。あなたが知っている例があれば挙げてください。そして、どうしてこのようなものが危険であるのか話してみてください。

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バプテスマのヨハネの死~リビングストーン教会聖書勉強~

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20.バプテスマのヨハネの死

マルコによる福音書6:14-29

 バプテスマのヨハネは、主イエスが「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった」(マタイ11:11)と賞賛された人物でした。彼は、旧約時代最後の預言者であると同時に、新約時代の幕開けを知らせる救い主の預言者でもありました。「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ3:30)というのが彼の考え方の基本でした。ところで、今回、私たちは彼の偉大な人生が終わるのを見ることになります。行わなければならない働きは全て終わったのです。神の御手によって大きく用いられた人の死としてはあまりにも哀れです。神はどうしてこのように神に忠実であった人物を、エリヤのように輝かしい炎の車に乗せて天に移されなかったのでしょうか。彼は救い主の到来を告げ知らせるために、荒野で叫んでいる声でした。彼がその使命を果たしさえすればそれでよいのであって、彼が死ぬときに特別に扱われるかどうかは問題ではないということを、この出来事は教えているのかもしれません。

1.主イエスと主が遣わされた十二弟子たちを通して、驚くべき奇跡が数多く起こりました。その噂がヘロデ王に伝えられると、彼は何と言いましたか(14-16)。

2.ヘロデがヨハネを投獄した理由は何ですか(17-18)。

3.ヨハネは、最後まで自分の使命に忠実であったということを知ることができます。どうしてそういえるのか、ルカ3:2-3を参照して答えてください。

4.一方では、今日の教会がこの世にあって、ヨハネのような役割を果たすことができずにいるという批判をする人がいます。あなたはどう考えますか。今日でも誰かの面前でその人の罪を指摘する、ヨハネのような役割を私たちが果たすべきであると思いますか。

5.説教者が厳しくあなたの罪を指摘したり、身近な人があなたの間違いを面と向かって指摘して咎めたりするとき、あなたはそれに対してどのような反応を示しましたか。そしてその反応は正しかったと思いますか。

6.ヘロデは自分の良心通りに行動しなかった人でした。6:20,26によって説明してみてください。

7.ヘロデは、ある点ではヘロデヤよりもさらに悪く、卑劣な人物であるということができます。どうしてそう言えますか。

8.それぞれ、自分のうちにヘロデのような問題点をもっていないかということを率直に話してみましょう。

9.ヨハネを殺すために、ヘロデヤが作り上げた謀略にヘロデは巻き込まれてしまいましたが、その謀略とはどういうことですか(21-28)。

10.ヘロデヤの霊的問題は何でしょうか(Ⅱテモテ3:4、箴言9:8)

11.ヘロデヤのように、女性の方が男性よりさらに悪いことをするのを見て、あなたはどのように思いますか。

12.ヘロデのように良心に反する行動をとると、必ず不幸な人になります。6:14,16を通して、彼が悩まされていたと思われる苦しみについて話してみましょう。

13.母親とぐるになって、ヨハネを死に至らせる娘を見ながら、私たちが学ばなければならないことがあるとすれば、それはどういうことであると思いますか。それぞれ話してみましょう。

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12弟子の派遣~リビングストーン教会聖書勉強~

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19. 十二弟子の派遣

マルコによる福音書6:7-13

主イエスは、福音を聞かなければならない人が多いにもかかわらず、ご自分に反対する勢力が増大していくのをご覧になり、少しでも早く、多くの人々に福音を宣べ伝えるために弟子達をお遣わしになりました。それと同時に、ご自分がこの世を離れて天に昇られた後も、弟子たちが主イエスのしておられた働きを引き継いでいくことができるように、弟子たちを特別に訓練される必要を感じておられました。今回学ぼうとしている箇所には、宣教師や伝道師が必ず知っておかなければならない、基本的な原則を教えておられます。私たちは皆主イエスの証人です。ですから、主イエスの証人として備えておかなければならない姿勢と準備は何なのかを学ばなければなりません。

1.マルコ6:3-6を見ると、主イエスは郷里ではひどい扱いをうけ、それから近くの村々を教えて回られたことを見ることができます。忙しく働かれる主イエスの御姿を見ながら、それぞれ感じることを話してみて下さい。

2.主は、十二弟子をどのように遣わされましたか。そのようにするとき、どのような実を得ることができると思いますか(7、コヘレト4:9-12)。

3.一人でする伝道の短所は何ですか。また、二人が一組になってするときに現われる伝道の短所は何だと思いますか。

4.あなたは二人一組になって伝道をした経験がありますか。そのときに得た恵みの体験を話し合ってみましょう。

5.弟子たちは、悪霊を追い出す力を与えられて伝道を始めました。私たちにもそのような力があると思いますか。次の御言葉を開いて、この質問の答えが得られるかどうかを探ってみましょう。

・ルカ10:17    ・マタイ7:22

6.伝道に遣わされて行く弟子たちに、主イエスは経済的な問題はどのようにせよと命じておられますか(8-9)。

7.これは、伝道師や宣教師が無条件で貧しくならなければならないという意味ですか。もしそういう意味でなければ、この御言葉の意味している真理は何でしょうか。幾つか整理してみてください(マタイ6:33、フィリピ4:11-13,19)。

8.弟子たちのように短い時間出て行って、福音を宣べ伝えて帰ってこなければならない人がいたとしましょう。もしその人が準備することがあまりにも多くて時間に遅れるとしたら、どのような誘惑や危険が伴うことになるでしょうか。

9.聖霊があなたに福音を宣べ伝えよと働きかけてくださり、それをする環境を作ってくださるとき、準備ができていないということを口実として、すぐに伝道しなかったために機会を逃してしまうということはありませんか。そして、もう少し準備をしてから伝道するという場合、その言い訳の内容はどのようなものか考えてみてください。

10.福音を伝える人が、福音を聞いた人々から経済的な援助を受けることができるということについて、主はどのように教えておられますか。(10、Ⅰコリント9:13-14)

11.福音を受け入れることを拒む人々に対しては、どのようにせよと主は教えておられますか。

12.足の裏のちりを払い落としなさい、ということは「二度と会うな」とか「伝道するな」という意味なのでしょうか。そうでなければその真意は何だと思いますか。

13.現代社会に生きる私たちは、福音を受け入れない人々にどのような方法で警告するのが良いのでしょうか。

14.あなたは毎日、生活の現場に遣わされた主イエスの証人であると確信していますか。準備が充分できていなくても、機会を逃すことなく伝道していますか。

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郷里での排斥~リビングストーン教会聖書勉強~

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18. 郷里での排斥

マルコによる福音書6:1-6

 主イエスは、その名声が高まり、多くの人々の支持を受けるようになると、強い反発も起こってきました。何よりもまず主に敵対したのは、ユダヤ教の宗教的指導者でした。次は、主イエスの家族たちでした。主イエスの人気が絶頂に達したとき、主に対して露骨に批判し、信じなかったのは、同じ郷里のナザレの人々でした。何よりも郷里で排斥されたことは、主イエスにとって大きなショックであったようです。今回は、主イエスがなぜ郷里で排斥されたのかということについて学びたいと思います。そして今日も私たちの周辺には、多くのナザレの人々がいるという事実を見つけることにしましょう。

1.主イエスは、郷里に行って何をされましたか(1-2)。

2.郷里の人々は、主イエスの教えを聞いてどのような反応を示しましたか(2)。

3.主イエスが排斥されたことについて、次の御言葉を参照しながら、それぞれが感じていることを話してみましょう。

・イザヤ53:3       ・ヨハネ1:11

4.郷里の人々が御自分を排斥するのをご覧になって、主イエスが言われた御言葉をそれぞれ自分で整理し、その意味を話してください(4)。

5.郷里の人々は、主イエスに対する名声を聞いて、主イエスが実に驚くべき知恵や超自然的な力を持っておら

れるということを知っていました。6:2を通して、彼らが主に対して認めたことは何であるかを整理してみてください。

6.そうであるにもかかわらず、主イエスを排斥したという事実を、あなたはどのように考えますか。主イエスに対するある事実を認めるということと、主イエスを信じるということは必ずしも一致しないということを知ることができますが、このことについて、それぞれの考えを話し合ってみましょう。

7.主イエスが排斥された直接的な理由は何でしたか。

8.結局、主イエスが郷里で排斥された理由は、次のことに要約することができます。主イエスの人性についてはよく分かっていても、神性についてはまったく分からなかったということです。次の御言葉を参照して話し合ってください。

・ヨハネ1:10      ・イザヤ53:2

9.あなたが主イエスを大事にしなかったり、心から信じていないときがあったとしたら、どうしてそのようなことがあったのかということを、ナザレの人々と比較しながら話し合ってみましょう。

10.不信は何を妨げるようになりますか(5、マルコ9:23)

11.あなたの場合、信仰がないためにそれを得ることができないでいるものがあるとは思いませんか。

12.人々が主を信じず排斥するとき、主イエスはどんな胸中であったと思いますか(6)。

13.主イエスが語られたり、なさったりしたことを見ながら主を信じないとしたら、その人は神をも理解できない不幸な人となってしまいます。そしてその人自身にとって取り返しのつかない悲劇となってしまいます。マタイ11:20-24を開いて、この事をもう一度確認し、あなたの周りにそういう人がいるなら今ともに祈ってあげることにしましょう。

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長血を患っている女の癒し~リビングストーン教会聖書勉強~

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17.長血を患っている女の癒し

マルコによる福音書5:25-34

 主イエスのみもとに行った大勢の病人たちの中で、歩いている途中、主イエスの着物に触って癒された女の出来事は、この箇所を読んでいる私たちの胸をジーンとさせてくれます。今も私たちの周辺には、堂々と人の前で言うことの出来ない苦しみを抱えて、主を求め、道をさまよっている人々が少なくありません。主イエスはそういう人々に対して敏感であられました。主イエスはか細い信仰の手がご自分の着物にそっと触れて通り過ぎていこうとすることまで、決して見逃すことなくとらえられます。憐れみ深い主イエスは、私たちが聖書を開いて座っているこの席にもいらっしゃるということを念頭に置きながら勉強していきましょう。

1. ヤイロは、12年間も愛しいたわり続けてきた娘を失うかもしれないという悲しみのために主イエスを訪ねてきたのだとしたら、長血を患っていた女は、12年間1日も欠かすことなく苦しめられ、病を抱えて主イエスを訪ねてきたということができるでしょう。どちらのほうが耐えがたい苦しみであったと思いますか。

2. 長血について、もし知っていることがあれば話してください。

3. 古今東西を問わず、持病に苦しめられている人は悲痛です。5:26を読んでその理由を説明してください。

4. 何がこの女の足を主イエスのほうに向けさせるきっかけになったのですか。このことから私たちはどのようなことを教えられますか。(27、ローマ10:14)

5. この女はどのような信仰を持っていましたか。(27-28)

6. この女の信仰には、迷信的な要素が多分に入っていると考える学者がいます。もしそうであるとしたら、その迷信的な要素は何だと思いますか。

7. 主イエスの着物に手を触れたとき、どのようなことが起こりましたか。(29)

8. 主イエスは、私たちの信仰が完全に成長するまで答えを保留されるようなお方ではありません。このことから、私たちはどのようなことを教えられますか。それぞれ話してみて下さい。

9. 主イエスは、突然この女を探し出されましたが、どうしてそうされましたか。群衆にその女の信仰を推奨するためですか。それとも、病を治す力が着物にではなく、主イエスご自身にあるということを教えて、この女の信仰を正しいものにされるためでしょうか。(30)

10. 今日でも、この女のように、主イエスご自身より主イエスに属している何かを信じている人々がいないわけでもありません。たとえば、十字架や主イエスの肖像画を前にして祈ったりすることです。あなたにはこのような弱点はありませんか。

11. 群衆が押し合いへし合いしていた光景からすると、主イエスの着物に手を触れた人はたくさんいたはずです。しかし主は、その中で絶望しながらも、か細く幼稚な信仰を持って主イエスの着物に触った女の求めだけにお答えになったということから、それぞれどのようなことを感じたか話してみて下さい。

12. この女が主イエスの御前に出て、すべてのことを告白すると、主は何と言われましたか。(34)

13. 主イエスの御言葉を聞くと、まるでこの女の信仰が強いために治していただいたのだと思いがちです。しかし、ここで私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

14. あなたには、どんな問題でも、主イエスは解決することができるという信仰がありますか。たとえ私たちの信仰が不完全であっても、主イエスは私の祈りを敏感にお聞きになるということを確信し、熱心に祈りますか。

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生き返ったヤイロの娘~リビングストーン教会聖書勉強~

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16.生き返ったヤイロの娘

マルコによる福音書5:21-24、35- 43

主イエスが、私たちの救い主として絶対の権威をお持ちの方であるということを立証するために、マルコが特別に選び、記録した4つの奇跡の出来事の中で、ヤイロの娘を生き返らせてくださった出来事は、クライマックスであるということができます。人間が最も恐れる恐怖の対象は死です。ですから、この死の問題を解決することができない者は、本当の意味で私たちの救い主であるということはできません。しかし、主イエスこそ、死の恐れから私たちを救い、永遠の命の望みを与えてくださる唯一の救い主です。主イエスの力は、死に打ち勝たれた絶対的な力です。誰でもこの主イエスを信じるなら、永遠の死から解放していただくことができます。

1. 主イエスを待ち望んでいた大勢の人々の中に、どんな人が紛れ込んでいましたか。(21-22)

2. 彼は主イエスを見るなり、どのような態度で何を懇願しましたか。(22-23)

3. どこにおいても、主イエスのところに尋ねてくる人々の中には、ヤイロのように絶望的な問題を抱えている人がいるものです。私たちの周りにも、これに似た問題を抱えている人がいないかどうか話し合ってみてください。

4. ヤイロは、2つの条件を出して主に求めました。その2つの条件とは何でしょうか。(23)

5. ヤイロの信仰と、マタイ8章に登場してくる百人隊長の信仰とを比較してみてください。それぞれ教えられたことを話してください。(マタイ8:6-10)

6. あなたの信仰は、この2人の中でどちらにより近いと思いますか。どういう理由でそのように考えますか。

7. ヤイロの信仰は不完全なものでしたが、咎めることなくその要求を聞いてくださる主イエスの態度を通して、何を学ぶことができますか。(イザヤ42:3)

8. 傷ついた葦のようなヤイロの信仰は、道の途中で2回も試練に遭いました。次の2つの点からそのことを考えてみましょう。

・長血を患っている女による時間の遅れ(25-34)

・家から来た娘の死の知らせ(35)

9. ヤイロがひどく不安になり、か細い信仰がなくなってしまいそうな瞬間に、主は彼をどのように助けてくださいましたか。(36)

10. あなたは、信仰がひどく揺れている時、同じような主の御声を聞いたことがありますか。あったら、どのようなときに、どのように聞いたか話してみてください。

11. 家に入っていかれた主イエスは、どうして死んだ子供を「眠っている」と言われたのでしょうか。(ヨハネ11:11、25-26、Ⅰコリント15:20-22)

12. 主イエスはどのようにして娘を生き返らせましたか、その現場を実感をこめて話してみて下さい。また、それぞれが感じていることを話してみて下さい。

13. 今日では、このような奇跡をほとんど見ることができません。そうであるなら、主がこの奇跡をここでしてくださった根本的な目的は何であったのでしょうか。

14. あなたは、主を信じているあなたの愛する者が死んだとき、その人の死体を前にして、この人は主イエスによって死んだのではなく、眠っていると確信を持って言えますか。そして、主が終わりの日に必ずよみがえらせてくださると信じていますか。

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汚れた霊につかれた人の癒し~リビングストーン教会聖書勉強~

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15.汚れた霊につかれたゲラサ人の癒し

マルコによる福音書5:1-20

主イエスは、ガリラヤ湖の向こう岸で一人のゲラサ人と出会い、汚れた霊を追い出されました。このことは、主イエスが悪霊を征服するために来られた主であるということをお示しになった出来事でした。私たちは、ゲラサ人のケースを通して、悪霊がどんなに恐ろしい力を持ち、一人の人間の肉体と魂を無惨にも踏みつけることを知る事ができます。同時に、悪霊の力がどんなに大きいとしても、神の御子であるイエスを相手とすることはできないということを知る事ができます。したがって、この出来事を学びながら、悪霊を征服する力を持っておられるイエス・キリストを私たちに与えて下さった神様に、感謝を献げなければならないでしょう。

1. 主イエスは、ゲラサ地方のデカポリスでどんな人と会うことになりましたか。(1-2)

2. 汚れた霊につかれた人に見られる症状をいくつか整理してみましょう。そして汚れた霊の超自然的な力を見ながら、それぞれのことについて感じていることを話してみましょう。(3-5)

3. 汚れた霊が自分の名前をレギオン(大部隊)であると言っていることから、どのようなことを学ぶことができると思いますか。(9)

4. 現代医学を過信している人たちの間では、しばしば汚れた霊につかれた人と精神病患者を混同し、汚れた霊の存在すら否定しようという傾向が見られます。あなたはこの点についてどのように考えますか。

5. 信仰を持っていない人たちは、ゲラサ人のようにその人格が汚れた霊に捕らわれているようには見えなくても、エフェソ2:2-3の御言葉によると、彼らもまた汚れた霊の支配を受けていると言う事実を否定することはできません。このことをもう一度確認してください。

6. 汚れた霊につかれた人が主イエスを見るなり何と叫びましたか。どうしてそう言ったと思いますか。(6-8)

7. 汚れた霊が、主イエスの前で、ひどく慌てている姿を見て、私たちには安心してもよいことがあると思います。

それは何でしょうか。(ヤコブ4:7)

8. 汚れた霊は、主イエスに何を要求し、その結果はどうなりましたか。(11-15)

9. あなたは、主イエスが他の人の財産を台無しにしながらも、汚れた霊につかれた人を直しておやりになったのを見て、どう考えますか。

10. 汚れた霊につかれた人が治されたのを見て、その地方の人々は主イエスにどんなことを要求しましたか。どうしてそういうことをしたと思いますか。(17)

11. 今日でも私たちの周囲には、主イエスを遠くへ追いやってしまいたいという人が少なからずいます。彼らは主イエスのために自分の財産や幸福が損なわれるのではないかと不安に思っています。あなたは以前このような種類の人ではありませんでしたか。

12. 主イエスは癒された人に何をせよとおっしゃいましたか。(19)

13. 今日でも、主イエスはあらゆる人々が、それぞれの毎日生活している所で神様のために働くことを命じておられます。あなたはどうでしょうか。主イエスを信じてから、主からどのような使命を受けたと思いますか。


 

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湖をしずめられるイエス~リビングストーン教会聖書勉強~

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14.湖を静められた主イエス

マルコによる福音書4:35-41

主イエスは、優れた教師であられると同時に、権威を持っておられる方です。4つのたとえを持って天国の奥義について教えられた主は、今度は4つの奇跡を通してご自分の力と権威を示しておられます。自然界を支配される力、悪霊を屈服される力、病気を治される力、そして死人を生き返らせる力をもって、ご自分が世の救い主であられることを証ししておられます。今回は、自然界を支配される造り主としての主イエスの権威と力について学びたいと思います。

1. 一日中、群衆と弟子たちを教えられた主は、大変疲れを覚えられました。そこで、日が沈むと、どこへ行くように命じられましたか(35-36)。

2. 主イエスが、疲れを覚え、船のとものほうで眠っておられるのを見て、あなたはどのように感じましたか。

3. 湖の中で突然起こったことは、何でしたか(37)。

4. 神の御子であり、造り主でもあられる主イエスを乗せた船が、突風に出会ったという出来事から、どのようなことを教えられますか。

5. 私たちの信仰生活というのは、いつもすべてのことがうまくいくということを保証するものではありません。信仰生活が順調であったり、特に罪を犯したわけではなくても、大きな試練に出会うこともあります。このことについて、あなたはどう思いますか(1コリント7:13-14)。

6. 突風が起こったとき、弟子たちはどうしましたか(38)。

7. 弟子たちが主イエスを起こしながら言った言葉には、どのような意味と感情が込められていると思いますか。

8. あなたは、これと似たような不満を主イエスに言ったことはありませんか。もしもあったならば、どういう場合だったか言ってみましょう。

9. 眠りから覚めて、起き上がられた主イエスは、まず何をされましたか(39)。

10. これは、私たちにどのような真理を教えてくれますか。

11. その後、主イエスは誰を叱りつけられましたか。叱りつけるとどうなりましたか(40)。

12. 弟子たちの信仰はどのような点で問題だったのでしょうか。

13. 弟子たちが、正しい健全な信仰を持っていたとしたら、突風が起こったとき、どうするべきだったでしょうか。そしてあなたは、人生という船に乗っている間、そのようにする信仰をもっていますか。

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種まきのたとえ3~リビングストーン教会聖書勉強~

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13 種まきのたとえ(3)

マルコによる福音書4:26-32

前回学んだ種蒔きのたとえは、福音を聞いた人が、よい地のように福音を受け入れなければならない責任を持っていることを教えていましたが、今日私たちが学ぼうとしている最初のたとえは、福音を伝える人が、その結果を性急に期待したり、人間的な手段によって何かをしようという誘惑に陥ってはならないことを教えています。種がまかれ、芽が出、苗が成長し、実を結ぶこの全ての課程は、神の御手の中にあります。その次のからし種のたとえは、福音を伝える働きや、教会の働きは最初のうちはあまりにもつまらないもののように見える場合がありますが、後になると必ず大きくなるということを預言しているものです。私達はこのようなたとえを通し、自分たちのする働きに確信とビジョンを持つ事が必要です。

1. 主イエスは、はじめのたとえで神の国を何にたとえていますか(26-29)。

2. 種とは何で、種を蒔くとは何を指しているのでしょうか(マルコ4:14)。

3. 神の国(教会)は、地に種を蒔く農夫のようであると言われますが、どうしてそのようにいうことができるのでしょうか(マルコ16:15)。

4. 4:27で、伝道する人の役割は、福音を宣べ伝えることだけで、その結果についてはその人の責任ではないということをどのように教えているでしょうか(Ⅰコリント3:6-7)。

5. これは、福音を宣べ伝える私たちに、大きな慰めと勇気を与えてくれる御言葉であると思います。どうしてそのようにいうことができるかということを、次の幾つかの事柄によって話しあってみましょう。

・性急な期待や人間的手段を避ける

・絶望的な状況の中でも失望しない(使徒言行録18:9-10)

・救いに関する神の絶対的主権を認める

・伝道の実は伝える者の功績ではない

6. 信仰の成熟は、時間を無視して一気になされるものではありません。時間とともに、信仰は成長し、成熟していきます。この事実を4:28-29ではどのように教えていますか。

7. このたとえを通して、あなたが特別に教えられた真理はどのような事ですか。

8. からし種のたとえをわかりやすい言葉でもう一度整理してみてください(30-32)。

9. いちばん小さい種が、いちばん大きい木となる奇跡は、神の国とどのようにかかわりがあると思いますか。主イエスのたとえを例にして考えてみましょう。

10. あなたの周りで、このたとえの原理が立証された例はありませんか。たとえば、1人の子供が教会学校に出席するようになったとき、そんな小さな子供が教会学校に行ったところで何の変化もないように見えるかも知れませんが、その子供を通して、その家族全員が神の救いに預かったような例がそうであると言えます。それに類したような事があれば話してください。

11. あなたは、「からし種の陰謀」という言葉を聞いたことがありますか。

12. あなたは、みすぼらしく見えるようなあなたの中にある潜在力、また小さな教会の潜在力が、やがて大きな未来をもたらすという信仰の目を持っていますか。

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