寛容でありなさい~リビングストン教会聖書勉強~

リビングストーン教会聖書勉強

寛容でありなさい

マルコによる福音書9:38-41

 主イエスが、ご自分の名前の故に幼子を受け入れるなら、主を受け入れることになると言われると、それを聞いたヨハネは、前にあった出来事を持ち出して質問しました。この質問を契機として、主イエスは弟子たちが必ず身に付けなければならない重要なことについて話されました。福音のために働く者は、何よりも寛容でなければならないということです。それでは、どうして福音を伝えるものたちにとって寛容は大切なのでしょうか。この問題は、当時の弟子たちにとってのみ大切であったのではありません。今日でも、福音のために主の弟子らしく行動しようとする人にとっては、大切な真理なのです。

1. ヨハネが経験した出来事とは、どのようなことであったのか詳しく説明してください(38)。

2. ヨハネは、悪霊を追い出している人を見て、どのように感じましたか。そのような感じ方は正しいのでしょうか。

3. ヨハネの考えでは、主イエスに従う弟子ではないのに、主イエスのお名前によって何かをすることは、主イエスの名誉のために受け入れられないと考えたようです。それでその人を断固として退けたのです。私たちも似たようなことをしないでしょうか。「私の教会」「私の教団」に属していない人を批判したり、妨害したり、白い目で見ることはありませんか。それぞれ各自のことについて話し合ってみてください。
4. あなたは、すべての点で自分と一致せず、また一緒に行動しないという口実で、ヨハネのように他の兄弟を咎めたり退けたりしたことはありませんか。もしあればそのことについてどう思いますか。

5. 主イエスのお答えを、分かりやすい言葉でもう一度整理してください(39-41)。

6. 主イエスが言われたことの核心は何であると思いますか(エフェソ4:2)。

7. たとえ自分と一緒に信仰生活をしている人でなくても、主イエスのお名前によって何かをしている人に対しては、寛容でなければならない理由を3つ話してみて下さい。
8. 福音のためには、できるだけ敵を作らないようにする必要があります。ヨハネのようにすれば、その相手は福音の妨害者になりやすいのです。主イエスは、そうすることが賢いことではないということを教えておられます。あなたは寛容でなかったが故に敵を作り、その結果福音を伝えることに支障をきたした経験がありますか(ローマ12:18-20)
9. 主イエスがここで教えておられることは、たとえ真理でないことを教える人とでも衝突を避け、妥協するようにという意味ですか(Ⅱヨハネ7-11)。
10. あなたは、信仰的に寛容にしなければならない人と、そうしてはならない人をどのように区別していますか。実際的な例をあげて話してください。
11. 主イエスを信じる人に、冷たい水一杯でも飲ませてあげるような思いやりを示せば、決して報いを失うことがないという御言葉について、あなたはどう思いますか。彼らが受ける報いとは何のことでしょうか。主イエスを信じなくても神がそのことを覚えてくださるということでしょうか。
12. あなたは信じる前に、主イエスを信じる人たちに対して何か思いやりを示したことがありますか。たとえば、貧しい生活をしている人が主イエスを信じているという理由で、その人を助けてあげたことがありますか。もしあれば、そのことの報いとして、あなたは信仰を与えられ、救われたのだと思いませんか。

13. 今まで信仰生活を送りながら、寛容の実が不足していたがために、兄弟姉妹たちを深く傷付けてしまったことを思い出したなら、その人たちの名前を書いて、彼らのために祈りましょう。また、特にそういう人を思い出せないのなら、寛容という実が与えられるように心を合わせて祈りましょう。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク