種まきのたとえ3~リビングストーン教会聖書勉強~

リビングストーン教会聖書勉強

13 種まきのたとえ(3)

マルコによる福音書4:26-32

前回学んだ種蒔きのたとえは、福音を聞いた人が、よい地のように福音を受け入れなければならない責任を持っていることを教えていましたが、今日私たちが学ぼうとしている最初のたとえは、福音を伝える人が、その結果を性急に期待したり、人間的な手段によって何かをしようという誘惑に陥ってはならないことを教えています。種がまかれ、芽が出、苗が成長し、実を結ぶこの全ての課程は、神の御手の中にあります。その次のからし種のたとえは、福音を伝える働きや、教会の働きは最初のうちはあまりにもつまらないもののように見える場合がありますが、後になると必ず大きくなるということを預言しているものです。私達はこのようなたとえを通し、自分たちのする働きに確信とビジョンを持つ事が必要です。

1. 主イエスは、はじめのたとえで神の国を何にたとえていますか(26-29)。

2. 種とは何で、種を蒔くとは何を指しているのでしょうか(マルコ4:14)。

3. 神の国(教会)は、地に種を蒔く農夫のようであると言われますが、どうしてそのようにいうことができるのでしょうか(マルコ16:15)。

4. 4:27で、伝道する人の役割は、福音を宣べ伝えることだけで、その結果についてはその人の責任ではないということをどのように教えているでしょうか(Ⅰコリント3:6-7)。

5. これは、福音を宣べ伝える私たちに、大きな慰めと勇気を与えてくれる御言葉であると思います。どうしてそのようにいうことができるかということを、次の幾つかの事柄によって話しあってみましょう。

・性急な期待や人間的手段を避ける

・絶望的な状況の中でも失望しない(使徒言行録18:9-10)

・救いに関する神の絶対的主権を認める

・伝道の実は伝える者の功績ではない

6. 信仰の成熟は、時間を無視して一気になされるものではありません。時間とともに、信仰は成長し、成熟していきます。この事実を4:28-29ではどのように教えていますか。

7. このたとえを通して、あなたが特別に教えられた真理はどのような事ですか。

8. からし種のたとえをわかりやすい言葉でもう一度整理してみてください(30-32)。

9. いちばん小さい種が、いちばん大きい木となる奇跡は、神の国とどのようにかかわりがあると思いますか。主イエスのたとえを例にして考えてみましょう。

10. あなたの周りで、このたとえの原理が立証された例はありませんか。たとえば、1人の子供が教会学校に出席するようになったとき、そんな小さな子供が教会学校に行ったところで何の変化もないように見えるかも知れませんが、その子供を通して、その家族全員が神の救いに預かったような例がそうであると言えます。それに類したような事があれば話してください。

11. あなたは、「からし種の陰謀」という言葉を聞いたことがありますか。

12. あなたは、みすぼらしく見えるようなあなたの中にある潜在力、また小さな教会の潜在力が、やがて大きな未来をもたらすという信仰の目を持っていますか。

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